2000/3/3                   25号


喜怒哀楽

ただいまのテーマ

北極圏とオーロラ

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  日本の国土は38万平方キロメートル。スウェーデンの国土は45万平方キロメートル。二割ぐらい大きいだけである。ところが、人口は、1億2千500万の日本にくらべて、わずか900万弱。14倍の開きがある。
 さらに、その人口の大半は、スウェーデンの南半分に住んでいる。北半分は、森、森、森。そして、その北半分の北半分は、すでに北極圏である。

 と、まわりくどい導入をしてみましたが、早い話が、人が少ない寒い地方ということを伝えたかったのでした。

 どのくらい寒いかと言うと、去年はマイナス40度(キルナ)を記録したとか。わたし達が、行った時には、マイナス20度ぐらいだったが、息をしていると鼻毛が凍る。帽子をかぶって耳を隠さないと耳が痛い。手袋なしで外気に立っていると震える。
 茨城より北に住んだ事がない我が家にとっては、極寒初体験。

 さて、出発はマルモ空港から火曜日の夜。出発間際に空港の位置を地図で確認したら、思っていたより遠く、地図上の最短距離の田舎道で行くことにしたのが、間違いだった。スウェーデンの田舎道を甘く見ては行けない。迷い込んだあげく、最後を違法にすっとばして、離陸10分前に空港に着いた。あやうくチェックインできないところ。さすが、田舎の空港、乗せてくれましたけどね。
 ストックホルムでキルナ行きに乗りかえると、おや、ここは、日本?というくらい、日本人が多い。氷のホテルあたりもアジアと間違えるくらいという噂は聞いていたが、さすが、一億二千万人の日本人、今や、めぼしい場所にはどこにでもいる。
 キルナの空港で降りると、すでに夜11時過ぎ。流しのタクシーもいないような場所、時間である(海老原さん情報によるとキルナでは、一切流しのタクシーはないそうだ)。レンタカーを借りておいてよかった。
 お出迎えの車の中に「テレビ宮崎」と書いてある札。そういえば、小型飛行機を降りたときに、飛行機の前で記念撮影のカメラをまわしている3人組がいた。この寒いのにこんなところで撮影している変わった人達と思いながら、横を通ったのだが、あれは、テレビクルーだったのか。
 読者の中で、テレビ宮崎をご覧の方、多分近いうちに、「北極圏キルナオーロラの旅」というような番組をやると思います。その時、キルナ空港で、怪訝な顔をしながら横切るおばさんが映ったらそれが、わたしです。

 その晩はキルナに泊まり、翌日、氷のホテルを見学した。
 氷のホテルについては、日本でもかなり有名なようだ。キルナから約20キロのところにあるユッカスヤルビ(Jukkasjärvi)に冬の間だけ登場する雪と氷でできたホテルである。巨大かまくらを連想して欲しい。一泊ひとり850クローナから。もちろん暖房はない。気温マイナス5℃ぐらいの室内で、氷のベッドの上にマットとトナカイの皮が敷いてある。見学も有料。泊まるのは、圧倒的に日本人という印象を受けた。
 もともと近くの住民が冬の間、遠くの教会までいかなくてすむように氷で教会を作ったのが、発祥らしい。教会も客室も毎年新しいデザインで作られ、5月には溶けてしまう。ことしは、野外劇場まであった。
 溶けはじめると泊り客にはビニールシートが貸し出される。水滴よけだそうだ。う〜ん。そこまでして、泊まりたいかぁ。
 そして、もちろんここでも「テレビ宮崎」と一緒だった。

 その後、我が家は、一路、アビスコへ。

 実は、事前にキルナのオーロラ研究所の海老原さんからオーロラを見るなら、アビスコ。と聞いていたので、わたし達は、予定を変更して、宿泊地をキルナからさらに100キロ離れた、アビスコという町に替えていた。そして、結果的にはそれが、大正解だった。
 オーロラを見るには、快晴と漆黒という条件が要る。気温が高いとダメと言う人もいるようだが、海老原さんによると、オーロラに気温は関係ないとのこと。アビスコは、快晴率の高い地域なのだそうだ。キルナはスウェーデン北部でも最大の町。町の明かりの中では、オーロラは見えにくい。そのため、街灯のない場所まで移動して見学する事になる。
 そこへ行くと、アビスコは王様の散歩道と呼ばれる国立公園に位置し、周りは何もないところである。一番近い郵便局が100キロ離れたキルナというだけでも、その様子が想像できるだろう。
 余談だが、夫の同僚にスウェーデン北部出身者がいる。彼が言うには、子供の頃、冬に隣の町まで買物に出かけるのが、文字通り命がけだったそうだ。なにしろ、隣町というのが、何十キロも先。下手をすると隣の家というのが、20キロ先だったりする。
 海老原さんにも、車の必需品として、シュラフ(寝袋)とアドバイスを受けていたくらいだ。もし、万一、車が故障でもしようものなら、凍え死ぬかもしれない。わたしも、万一の為に携帯電話を必携することにした。

 事前の情報では、マイナス30度の中でオーロラをみるには、それ用の靴も服も必要と聞いていたのだが、貸し出してくれる衣類セットは犬ぞり体験用のみだった。つまり、いぬぞリ見学料金に含まれる。我が家は車で移動だったので、外気に長い間立ち尽くすと言う事がなかったが、もし日本から来るのなら、足元はかなり厳重に固めた方がいい。
 気温は低いが、風がないので、体感温度はそんなに厳しくはない。北極圏の人が、スコーネの風にあたると、寒くてたまらないと言うそうだ。
 そして、ホカロン。シールで貼りつけるタイプを腰に貼っておくだけで、血行が良くなり暖かい。日本ではホカロンに感謝したことがなかったのだが、いやあ、今回はありがたさを痛感しました。なにしろ、初日にぎっくり腰になったのに、ホカロン一晩で、翌日すっきり。どうしてこれが、スウェーデンで商売にならないのだろう。

 さて、アビスコでは、アビスコツーリストというアウトドア愛好者用のユースホステルのような施設を利用した。アビスコの宿泊所はここだけと言ってもいいかもしれない。独立した2LDKのコテッジが一泊6000円から8000円。もちろん、家族全員分。自炊になるが、快適。個人だと、本館の宿泊施設も利用できる。コテッジの相部屋という手もあるようだ。ただし、料金は季節料金なので、夏はもっと高い。
 なにしろ、釣りに山登りにトレッキングに最高のロケーションなのだ。

 幸運にも初日の晩、満天の星空。オーロラチェックにでかけた7歳の娘が、「あんまり星が多いので、宇宙にいるかと思っちゃった」ぐらいである。そして、北の空を見ると視界いっぱいに黄緑の光のカーテンが。オーロラである。
 写真撮影には開放ができるカメラや三脚が必要ということで、最初からあきらめていた。だから、オーロラの画像はありません。ごめんなさい。オーロラって、動くんですよ。赤い色の時もあるようだ。ぱちぱちという音がすると教えてくれた人もいたが、海老原さん情報によるとオーロラは音はしないのだそうです。さすが神秘のオーロラ。けっこう怪しい情報がまことしやかに流れているんですね。
 家族の感想
わたし「いやあ、感激。見られてよかった。やはり、普段の行いか」
むすこ「オーロラもいいけど、エルクを見たときのほうが面白かった」
むすめ「ぼんやりとしていて、こんなモンかなと思った」
夫「なあんだ、あんなもんか。あれなら、新宿のネオンの方がずっときれいだ」
 この価値観の差。離婚は時間の問題かも…・。

 4日目にももう一度、満天のオーロラを見て、我が家のオーロラ体験は終了した。同じ頃にキルナに泊まっていた人は、見ることができなかったそうなので、やはり、プロのアドバイスどおりアビスコをお薦めします。
 そして、ここでも「宮崎テレビ」は一緒だった。なんだか、見なくても、番組の内容が予測できるようだ。

 滞在中、道端でエルク(へらじか)の親子連れにも会った。足をのばして100キロ先のノルウェーのナルビクまでもドライブした。有意義な一週間であった。北極圏の老年期の丸い山々の間を走っていくと、この厳しい環境の中でもここを動かずに生きている人達の気持ちが少しわかるような気になる。そのくらいきれいです。でも、やはり過疎化はすすみ、若い人はストックホルム方面へどんどん流出しているとのこと。

 さて、これで終わったら我が家の旅行らしくない。もちろん最後のおちがある。行きの飛行機で時間ぎりぎりでハラハラの思いをしたわたしたちもさすがに学習した。帰りは、1時間の余裕を見て、アビスコを発った。運悪く、その日だけ雪になった。とはいえ、帰るだけだ。国道で整備されている一本道。迷う事は絶対ない。スピードを落として走れば大丈夫…なはずだった。ところが、道の端に寄りすぎて、路肩の下り斜面に突っ込んでしまった。もちろん路肩は、深い雪。とりあえず、自力脱出を試みたが、前輪タイヤはからまわりするばかり。助手席のドアは雪にはばまれ開けることもできない。
 飛行機の時間はせまる。安売りチケットなので、変更はきかない。焦る。
そうだ、携帯電話。レンタカー会社に連絡しよう。焦りのために押し間違いを繰り返したあとようやくかかった…と思ったら、テープの声が。なんと、圏外なのだ。さすが、北極圏…と感心している場合ではない。どれだけ歩いたら人家があるかもわからないのだ。
 とりあえず、夫婦ふたりで、車を押してみる。びくともしない。言っても仕方ないとおもいながらも、口からはののしりの言葉が。
「だから、もっと、真中を走ってって言ったでしょ…」
 結婚経験のある男性なら思い当たるだろうが、こういう時、妻って言っても無駄だとわかっていても、文句をいいたくなっちゃうのよね。って、自分で言っていれば世話ないか。
空気は険悪。そのとき、めったに車の通らない北極圏の道路にかすかな振動が響いてきた。
慌てて、道路の中央に立ち大きく手を振る。どうも軍人らしい3人組。事情を話すと、てきぱきと分担して動き始めた。ひとりは、走って道路をもどり、非常用の三角を置きに。ひとりは、牽引用の紐を取り出し。一人は、スコップを用意して、タイヤの周りの雪かき。
 しかし、いかんせん深く雪にはまった車を動かすには、乗用車では無理だった。
と、そこへ、大型トラックが。5人で手を振って止めると、彼も快く協力。さらに、また一台の乗用車が。その運転手も降りてきて、協力。
 そして、無事、我がレンタカーは道路に戻る事ができたのだった。

 行きと同じようにすっとばして空港に向かう羽目にはなったが、スウェーデン人の暖かさが身にしみた出来事であった。道中、家族皆で
「もう、絶対にスウェーデン人の悪口は言ってはいけない」
と、確認しあったのであった。

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 追伸  事後情報によるとこの国道で携帯電話の使えない区間はかなり限られているらしい。そこを選んで突っ込んだなんて、もうこれは、運命としかいいようがない。



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