2000/5/5                  34号


喜怒哀楽

ただいまのテーマ

春を迎えるValborgの夜

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隣人が、用事で来たついでに、「日曜日は、ボルボリィだし…」というのを、「え、それなに?」と食い下がって聞いた行事がこれだった。
 いわく、日曜日に町の広場で、大きな焚き火が行われる。皆で春を迎える歌をうたう。そして、もう多分売りきれちゃったと思うけど、プラスチックのアヒルレースがある。だから、母の誕生日で、土曜日に100キロ先の町まで出かけるんだけど、間に合うように帰ってくるんだ。

 そりゃ、知らなかった。というわけで、いそいで、スウェーデンの行事の本を調べる。
スウェーデン文化交流教会発行の「スウェーデンの祝祭日と伝統」という本は、各国語に翻訳されていて、写真入だしかなりわかりやすいスウェーデン案内である。なにより、日本語版があるのがうれしい。ちょっと、訳が変なところもあるんだけど…。

 さて、その本によりますと、4月30日はワルプルギス(Valborgの英語訳)の夜。5月1日の聖ワルブルガの前夜際にあたる。春を歓迎して大きな焚き火を燃やす。スウェーデン全域で見られる。そして、こういう一文が。「スウェーデンの一年のお祭りの中でも、文字通り最も楽しいお祭りのひとつ」。

 隣人は、100キロ先の母親訪問からも、いそいそ帰ってくるというし、いやがおうでも高まる期待。これを見逃すわけには行かない。我が家が、昨年スウェーデンに到着したのは、5月13日。つまり、この行事は、まだ未体験なのだ。

 言われてから気がつけば、町のすべての家のポストに案内が配られていた。
7時00分 アヒルレーススタート
7時30分 アヒルレースの結果発表
7時40分 春の歌合唱
7時55分 春さんこんにちは(焚き火に点火)
8時05分 春の歌合唱
8時10分 ソーセージを焼こう

アヒルレース
一位(1人)4000クローナ
二位(1人)2500クローナ
三位(1人)1000クローナ
四位(5人)500クローナ

 早速、アヒルレースに参加するために町のセンターで、売られている参加番号を買いに行く。レースまで数日残しているのに、売りきれ。う〜ん。町の人のレースにかける意気込みが感じられる。さらに高まる期待。

 当日、こどもたちに「大きなお祭りらしいから、売店もきっとあるよ、お小遣いを持って行った方がいい」と、アドバイスして、いそいそと出かける。会場近くになると、ぞろぞろと町の人達が歩いている。この町にこんなに人が住んでいたのかと思うほどの人数だ。急がないと、良い場所がなくなってしまう。駐車場を探す間も惜しいので、運転手以外は先に降りて、レース会場へ。

 レース会場は、町の中を流れる幅二メートル程度の小川。既にスタートしたらしく。人々が川の中を覗きこんでいる。息せき切って川にちかづくと…。何百ものプラスチックの黄色いあひるが、春の小川を、のんびりと流れてきているのでありました。ただ川上からドサッとまとめて流したらしい番号の付いたあひるが、流れにのった具合で、遅くなったり早くなったり、時には、川岸の石や草にひっかかったりして、さらさらとさらさらと流れているのでありました。これをみてどこでどう興奮したらいいの?

 きっと、ゴール付近では、人々は絶叫するに違いない。かすかな期待をもって、ゴールに急ぐ。ゴールでは、虫取りの網のようなものを持ったおじさんが数人、待ち構えている。そして、最初についたあひるから番号を読み上げる。そして、合計8個すくいあげて読み上げると、あとは、ただ黙々とながれてくるアヒルを掬いつづけるのだった。
 読み上げた番号も、良く聞こえないし、それを聞いたからと言って、観衆から歓声があがるわけでもない。ただ、たんたんと事は、過ぎて行くのである。同行の別の町に住むスウェーデン人が「アヒルのレースなんて、今まで見た事ないわ」という。
 そうか、これは、我が町独自の余興で、Valborgの真骨頂は、やはり春の歌と焚き火にあるのだ。というわけで、そそくさと、焚き火会場に急ぐ。焚き火の良く見える小山の上にさっと陣取る。なにしろ、ほとんどの人生を競争社会日本で過ごしてきた私。場所とりで、スウェーデン人に負けるわけはない。

 待つ事しばし、その小山の上に、アマチュアの合唱団登場。焚き火周辺の町人たちが、一斉に注目する。当然、その横に陣取っている日本人一家も人々の視線にさらされる。しまった。こんな場所にいるんじゃなかった。合唱団が春を迎える歌を歌っている間、そのステージのような小山の上で、身を縮めながら時が過ぎるのを待ったのであった。
 国歌を全員で斉唱した以外は、歌う人と見る人という関係を保ったまま、合唱の時間もたんたんと過ぎた。う〜ん。やはり、メインは焚き火か。

 広場中央に設けられた大きな焚き火用の枯れ木。昨年末の大嵐で何万と言う木々がなぎ倒されたせいか、今年のスコーネの焚き火はどこも平年より大きかったようだ。材料調達が楽だったのでしょう。いよいよ点火。まずは、灯油をジャカジャカと振りかけ松明で点火して行く。でも、なんの演出もなく、みんな、たんたんと見ている。

 ここまで、これば、いくら私でも、「スウェーデンの文字通り最も楽しいおまつり」というのがどんなものか、わかってくる。ふ〜ん。こういうものか。
 売店は唯一ヘリウムガスの風船やだけで、ジュースさえも買えないという「最もたのしいおまつり」に子供達は退屈しきって、帰りたがる。最後のソーセージ焼きに心を少し残しながらも、我が家はそこで撤退した。もしかしたら、「最も楽しいおまつり」の核心部分を見逃したのかもしれない。でも、多くの町人もぞろぞろと帰り始めたところを見ると、ソーセージ焼きを見逃した事を後悔する気にはなれない。

 これが、Valborgの夜です。

 さて、その後、一緒に時を過ごしたスウェーデン人の知人を送っていく途中に、またまた、大きな焚き火を見た。
「あ、あそこでもやっている」
「かなり、大きいね。あ、横の木立にも火が燃え移っている」
「大丈夫なのかな。あんまり、人が集まっているように見えないね」

 通りすぎて、しばらく行くと、向うから、消防自動車が、サイレンを鳴らして走ってくる。
「焚き火じゃなくて、火事だったんだ!!」
「そういえば、時間的に遅いと思った」
Valborgの夜は、火事と焚き火の区別がつきにくく発見が遅れます。ご注意。

 その翌日メーデーは、ルンド大の合唱団の卒業生たちがルンドに結集して大学前で春を迎える歌を歌う。毎年、テレビ中継されるほどすばらしいイベントだそうだ。一説によるとValborgの春の歌もルンド大の合唱の影響といわれている。
 知人のスウェーデン人が「絶対行った方がいいよ」と薦めてくれたが、ごめん。私はスウェーデン人の娯楽に対するセンスについては、信用しない事にしたの。というわけで、写真だけ一枚撮って、すぐ帰りました。
 日本人の知人は、最初から最後まで、期待に胸膨らませてその場に居合わせたのだが、結局、なにも起こらなかったと、後で、教えてくれた。私は、心ひそかに、「君たち、まだまだ、スウェーデンに対する理解が甘いね」とつぶやいたのであった。

 でも、さらなる興奮、さらなる刺激を求める傾向がとみに強くなってきている日本人のあり方を考えると、この素朴な娯楽を心から楽しめるスウェーデン人っていうのは、結構素敵な国民なのかもしれない。

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