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2000/11/18                  56号


喜怒哀楽

ただいまのテーマ

リンドグレーンの世界

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   ノーベル賞受賞者の発表の頃になると、毎年、今年はリンドグレーンが文学賞を受賞するのでは…と言う話題がもちあがる。
 しかし、リンドグレーンは、いまだに受賞していない。多くのスウェーデン人が、りんドグレーンはノーベル賞を受賞すべきだと思っている。毎年、新聞社がおこなう、人気調査では、リンドグレーンはシルビア女王を抜いていつも女性部門の一位に輝いている。

 アストリッド・リンドグレーンは1907年にスモーランド県のヴィンメルビーの農場に生まれた。4人兄弟の2番目。
「やかまし村のこどもたち」(岩波書店 以下翻訳されている本はすべて岩波書店です)を読んだ事がある方には、イメージがわくだろう。あれが、アストリッドの子供時代だ。本人も「遊び死にしそうなぐらい遊んだ」と言っている時代。
 そして、それが、のちの児童文学者リンドグレーンの原点である。

 彼女の作品の多くに、春の一斉に花咲く頃の香りや、夏の沈まない太陽の中での開放感や、秋の干草の感触や、冬のクリスマスを迎える興奮や……そういった、自然と一体になった五感の感触が生き生きと書かれているのは、幸せな少女時代の賜物だろう。
 そして、彼女のすごさは、その後の人生の変遷を経ても、子供時代の思いや記憶を少しも忘れずに持ちつづけていたことだ。

 それこそが、リンドグレーンの小説が、今子供である読者だけでなく、すでに大人になった読者にも長く愛されている理由だろう。
 スウェーデンで子供時代を過ごした事のないわたしでも、リンドグレーンの作品の世界に入ると、その体験を文字の上で、一緒にたどることができる。自分も同じような体験をした記憶もまざまざと蘇ってくる。

 わたしが小学生だった頃には、すでに日本でリンドグレーンの作品が翻訳されていた。わたしは、友達と「名探偵カッレくん」のまねをして、探偵団グループを作った事もある。「さすらいの孤児ラスムス」で感想文を書いた事もある。
 そして、一番行きたい国は、スウェーデンだった。

 スウェーデンに住んでいる日本人に聞くと、「長くつしたのピッピ」にあこがれて、とか「やかまし村」が好きだったとか言う人が、多い。そんなとき、日本の全く別の場所で、全く違った時に、同じようにスウェーデンへの憧れを抱いていた人が、いたんだなあとちょっと感慨深い気持ちになったりする。

 さて、リンドグレーンは、ヴィンメルビーで幸せな少女時代を送った後、あまり幸せではないハイティーンの時代を送る。もう、ただ、遊んでいればいい年頃を過ぎてしまったが、自分が何者かわからない思春期を、リンドグレーンの感性が持て余したのかもしれない。長髪が普通だったその時代に、いきなり断髪して、周囲を驚かせたりしていたようだ。

 そして、就職。18歳の時に、未婚のまま妊娠。さすがにその時代のヴィンメルビーで出産するわけにはいかずに、ストックホルムに出る。19歳でデンマークで出産。
 なぜ、デンマークか。その頃、唯一戸籍の提出なしで、出産をさせてくれた病院がコペンハーゲンだったからである。
 今でこそ、シングルマザーが珍しくないスウェーデンだが、やはりその時代、未婚で若くして子供を産むのは大変なことだった。結局、リンドグレーンは生まれた男の子を里子に出す。
 預けた先のデンマークまで、お金をためては、ストックホルムから通ったのだそうだ。片道500キロ以上ある。
 リンドグレーンの小説に、貧しい人々にたいする共感があふれているのは、そうした体験のせいだろうと言うのは、簡単だが、その時代のリンドグレーンの中に去来していたものを考えると、そうした分析的な言葉は、陰がうすくなる。
 
 ストックホルムで、技術も学歴もない女性が、稼げるお金は、自分の生活を支えるのがようやっとのものだ。その中から、コペンハーゲン行きの費用を捻出するのである。
 しかも、休暇の許可をもらわずにコペンハーゲンに行った事が原因で、仕事場をクビになってしまうのだ。

 そして、その後、再就職した会社で、彼女の夫となるリンドグレーン氏と知り合う。運命と言うのは、粋な事をする。
 離れていた息子もひきとり、その後37歳から、本格的な作家の道を歩み始める。

 きっかけとなったのは、「長くつしたのピッピ」。
 娘のカーリーンが病気の時、話をせがまれて口からでまかせに話したのだった。その後、文章にまとめて、大手出版社に送ったところ、送り返された。
 世界一力持ちの女の子。しかも、お行儀が悪くて、ひとりぐらしで、金貨をやまほどもっていて、好き勝手に生きていて、大人も手玉にとってしまう。そんな教育的でない本は、出版できないというところだろうか。

 でも、ピッピのお行儀の悪さは、こんなだったらいいなあとか、こんな事一度してみたいなあと誰もが思うようなことを実現するために起こる事なのだ。
 例えば、枕にどうして足を乗せてはいけないの。わたしは、枕に足を乗せて寝るの。とか。クッキーをつくるのにテーブルでは狭いので床の上で、のばすの。とか。床を掃除するのに、足にブラシをつけて、スケートのように掃除したら便利……とか。

 でも、一人暮しのピッピが、必ずしもいつも幸せであるはずがなく、
「夜寝るとき、だれもわたしに子守唄を歌ってくれない。だから、わたしは、自分で自分に子守唄を歌ってあげるの」

 そして、次に応募した小さな出版社の文学賞で、その感性は認められ、二位を受賞するのだ。批評家達の中には、「こんな作品に賞を与えるとは、ふざけすぎ」のような酷評を書くものもいたが、まずは、お隣のデンマークで人気がでて、その後、世界中のいろいろな言葉で訳されるほど、爆発的に人々に愛された。
 というわけで、保守的だった、大手出版社は、この小さな出版社にその後のリンドグレーンの版権を全部取られてしまったのである。みる目って、ほんと、大事。
 この出版社ラーベン・オク・ショーグレン社は、もちろんその後、大出版社になった。

 児童文学者アストリッド・リンドグレーンを国民的アイドル?にしたのは、テレビの力が大きい。知人に頼まれて「二十の質問」という番組にレギュラー出演すると、彼女のユーモアのセンスや、頭の回転の速さに国民はほれぼれしたのである。

 そして、彼女の意見は、正統で偏見がなく、大衆の意見を簡便に伝えているため、しらずしらずのうちに、オピニオンリーダーのようになっていく。

 以前にも書いた事があったが、税制の改革で、リンドグレーンの税率が102%になったことがある。すかさず、リンドグレーンは野党系の新聞から、ユーモアと皮肉をこめた小説を書いた。そしてそれは、すごくわかりやすかったため、大衆の支持をえた。税制はまもなく、再び改正された。
 もちろん、政府は、その小説のためとは言わなかったが、国民はみんな、そうにちがいないと思ったそうである。

 日本では一般的なケージ飼いの鶏(ずっと、籠の中で、卵をうむ機械になっている鶏)についても、短い物語を書いた。そして、その後スウェーデンでは、動物保護法が改正され、全ての鶏は平飼いになった。

 アストリッドの故郷のヴィンメルビーには、地元出身の大作家リンドグレーンにちなんで作られたテーマパークがある。アストリッド・リンドグレーン・ワールド。きっかけは、地元の数人のお父さんたちが、自分の子供達のために何かを作ろうとしたことだ。
 何にするか考えた時、それはすんなり、リンドグレーンの物語の中の世界に決まったのだそうだ。

 それから、スポンサーを得て、今では、家族連れが一日中楽しめる場所になっている。残念ながら、夏(スウェーデンの夏休み期間中なので、6月から8月半ばごろまで)しか開いていない。しかも、スモーランドは、日本人の観光コースから外れているので、旅行者には、ちょっと不便かも。

 しかし、リンドグレーンを愛する人には、そこは、素晴らしいところだ。小説の中の主だった登場人物が、決まった時間に、野外劇をしている。そうでない時間には、役者たちは、園内を回りながら即興劇をしている。
 観客は、いつのまにか、ただの見ている人から、その村を訪れた知り合いのような気分にさせられる。

 ピッピはおまわりさんとおいかけっこをしている。さすらいの孤児ラスムスとパラダイスのオスカルはアコーディオンを持ちながら、あちこちで歌を聞かせてくれる。
 屋根の上のカールソンも通りすがりの客たちに、ちょっかいをだしてくる。

 絶叫系のマシーンなどひとつもない。それどころか、機械仕掛けでうごくアトラクションはひとつもない。
 あるのは、数十年前のスウェーデンの子供達が遊んでいただろう、干草小屋や、いかだや、ボールを投げて缶を落とすような、素朴な遊びばかりだ。園内をまわる干草馬車に乗って、ピッピのごたごた荘や、山賊の娘ローニャの山や、カールソンの家などを周ると、気分はすっかり小説の中だ。

 ありきたりの言い方だが、こうした十分の自然体験や、遊び体験が、将来の人生の底力となるのではないだろうか。そう言う意味で、十分遊んでいないように見える日本のこどもたちが、気の毒になる。

 SFIの教科書や、パブなどで出される余興のクイズなどにもリンドグレーンは必ずでてくる。アストリッド・リンドグレーンはすでにスウェーデンの常識である。そして、スウェーデンの良心でもある。

 すでに、新しい作品を書かなくなって久しいが、スウェーデン人は未だに、いつかリンドグレーンがノーベル文学賞を取る日がくるのを待っているのである。

 そして、わたしも、決して会うことはないだろうが、リンドグレーンの生きているうちに、リンドグレーンと同じ国の空気を吸っていることに、しばしば感動をしながら、彼女のノーベル賞受賞を祈っている。


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