| ノーベル賞 |
実は、スウェーデンに来るまでノーベル賞が、スウェーデンのものだなんて知らなかった。この程度のものです、わたしの知識。 でも、弁解をかねて言わせてもらうと、それほどに「ノーベル賞」というのは、世界的な賞になっているということでもある。どこか、もっと世界的な組織が運営しているものだと思っていたのだ。 もちろん、ノーベル賞の選考は世界的である。というのもノーベルが遺言で、「ノーベル基金」について書いたとき、次のような一文があったからである。 「基金からでる利益を毎年、賞金という形で、その前年に人類に対してもっとも貢献したと思われる人物に与えて欲しい。利益は5つ(物理学、化学、生理学・医学、文学、平和)に分ける。賞を与える上で、国籍は全く関係が無い。もっとも価値があるものが賞をうけるべきであって、スカンディナビア人であるかどうかは問われない」 その後、1968年にスウェーデン国立銀行の寄付で、新たに経済学賞が設けられた。 ノーベル賞の選考は、選考委員によって行われる。各部門ごとにノーベル賞委員会が設けられていて、平和賞だけが、ノルウェーの管轄になっている。というのも、ノーベルの時代は、ノルウェーがまだ、スウェーデンの一部だったので、平和賞の選考をノルウェーにまかせたのは、政治的な配慮があったらしい。 毎年、世界中の大学や研究機関に「選考依頼」の書類を送るところから、選考は始まる。 ほとんど1年がかりで、受賞者を決定するのだそうだ。 とはいえ、世界中からもれなく情報が集まるわけではなく、選考委員がずべてについて十分な知識をもっているわけでもないので、選考には、偏りがあるらしい。 受賞者にアメリカ人が多いのも、単にアメリカの技術が世界のトップを行っているからというだけでは、なさそうだ。 例えば、アメリカのアルバート・ラスカー医学賞をとった後で、ノーベル生理学・医学賞を貰った人は、60人近くいるのだそうだ。そうした、権威ある大きな賞が、選考に影響を与えているのは、事実のようだ。 また、どの選考委員が推薦しているかというのも、当然のことながら、大きな要素になるらしい。 さらにひとつの分野で3人まで(生存者)と決められているので、もめごとも起こる。 たとえば、もっとも大きな貢献をした人が、すでに死んでしまっていると名誉は与えられない。 現在のように、研究がプロジェクトで進められていると、どうしても筆頭に名前の書かれる教授に栄誉が与えられ、実際に貢献した人が、隠れてしまう場合もある。 実際に、89年の癌の遺伝子研究では、共同研究者が「わたしも同等の資格がある」と選考委員会に公開質問状を送った。 今年、日本人で受賞した白川さんのように、数十年前の研究が、後続研究者によって実用に結びついた為、退官後に受賞したりすることもある。実は、白川さんとは、この発見をした頃、同じ建物で働いていたことがある。もっとも、わたしのことなど覚えてはいないでしょうが。しかし、知人の受賞というのは、すごくうれしくて、帰ってきた夫をつかまえて、自慢をした。 「わたしなんか、白川さんからの内線電話に応対したことがあるんだからね」 すると、やはり、同じ建物で同時期に棲息していた我が夫、胸をはって、自慢。 「おれなんか、白川さんと同じ男子トイレ使っていたことがある」 ま、負けた!! さて、気になる賞金額。第一回目の1901年には、150,800クローナ。2000年の今年は、9,000,000クローナ。なんと100年で60倍になっている。 しかし、1909年に受賞した「ニルス」のラーゲレフが、その賞金で、生家を買い戻したくらいなので、やはりその価値はすごい。 現在のレートで、今年の賞金は一億円ぐらい。これを同じ分野の受賞者で分けるので、白川さんは三千三百万円ぐらい受け取ったのでしょうか。 アルフレッド・ノーベルは1833年にストックホルムで生まれた。スウェーデンでは有名な技術者の家系だったというから、血は争えない。ノーベルの特許は350を超える。 ご存知のとおりダイナマイトを発明した。しかし、その利用が、単に平和的なものだけでないことにかなり後悔して、人類に貢献した人に贈るノーベル賞を遺言したのだ。 毎年、心臓麻痺で死んだノーベルの命日12月10日に授賞式は行われる。ストックホルムは一大お祭りデー。テレビも朝から晩餐会の話題で持ちきりだ。 この晩餐会、刺激と動機を与える為だろうか、学生には参加のチャンスが与えられている。抽選ではあるが。 日本からも、毎年ノーベル財団が後援しているストックホルム国際青年化学セミナーへの学生を選考していて、めでたく選考に通るとノーベル賞授賞式に招待されることになる。 チャンスの得られない普通の人々には、晩餐会と同じメニューだけは楽しめる権利があたえられている。ストックホルム市庁舎の地下レストランでは、自分の希望する年度のメニューを同じ食器で食べることができる。 日本人に人気なのは、当然、1994年の大江健三郎さんと同じメニューだそうだ。 晩餐会を世話するウエイター、ウエイトレスなどは、スウェーデンには珍しく(?)なんの阻喪もないように繰り返しトレーニングを受ける。しかも、賃金は安いらしい。しかし、ノーベル賞の晩餐会で働いたというのが、後のステータスになるのだそうだ。 その話をしてくれたSFIの担任ブリギッタは、こう付け加えることを忘れなかった。 「もし、あなた方の内で、誰かが、将来ノーベル賞をとることになったら、ひとことこう言ってよね。SFIで世話をしてくれたブリギッタ先生に感謝を捧げたいと思います、って」 もちろんです。先生。もし、その日が来たらね…… |
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