2001/7/13                  79号


喜怒哀楽

ただいまのテーマ

今年の夏至祭

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 6月23日は夏至だった。
 スウェーデンの楽しい行事はたくさんあるが、わたしは、この6月の夏至祭がいちばんスウェーデンらしくて好きだ。
 長い冬が終わって、日に日に日照時間が長くなってくると、冬の間「鬱」気味だった人々の表情が、みるみる明るくなってくる。少しぐらい寒くても、芝生の上で日光浴。短い夏と太陽を存分に楽しんでおこうと全力をつくす時期を迎える。
 そのピークが夏至祭だといってもいいだろう。
 四月や五月だとまだ肌寒い時も多いスウェーデンも6月になると俄然、夏らしくなってくる。緑が噴き出し、一面に野の花が咲き乱れる。もし、天気がよければ、さわやかなスウェーデンの初夏は、輝くばかり、最高の季節である。
 文字通り、風が薫る。

 そして、このいかにもスウェーデン的な行事は、できることならスウェーデン人と共に過ごしたい。スウェーデン人の夏に対する思いを肌で感じることができて、それだけで、こっちまで幸せな気持ちになれるから。

 幸運にも今年も夏至祭に誘ってくれるスウェーデン人の友達がいた。彼女(カイサ)の実家で一緒に夏至祭を楽しまないか、というありがたい申し出である。
 場所は、スコーネからおよそ5時間ほど車で北上したダルスランド。スウェーデンで一番大きい湖ヴェーネルン湖のほとりの小さな村である。なにしろ彼女の父親が送ってくれた地図には、通りの名前までで番地が書いてない。近くまで行って尋ねたら、誰でもお互いを知っているような村だ。
 緑も深い。カイサいわく「ほら、これを森っていうのよ。スコーネの森は、あれは、公園ね」

 いかにも伝統的な夏至祭を楽しめそう。期待は高まる。

 スウェーデン人にとって夏至祭は、日本のお盆のような行事でもある。親や兄弟、親戚が集まって、家族の結束を確認しあう。

 カイサの両親は、ヨーテボリで仕事をしていたのだが、退職を機に今までサマーハウスとして利用していた生家に戻って、農業生活をはじめることにしたのだ。自分の子供時代の家に戻った彼は、あひるを飼い、鶏を飼い、養蜂をはじめ……やることはいっぱいあるけれど、楽しくてしかたがないと言っていた。

 「朝、花を摘みに行く前においでね」
 夏至祭は、夏至の日ではなく、その前日、つまり夏至イブがもっとも重要な日になる。カレンダーの上では、祝日ではないのだが、ほとんどの勤務先が休みになる。
 夏至イブの日はいそがしい。

 まず、こどもたちは、花の冠を作るための野の花を摘みに行く。
 それから、全員で恒例の近くの親戚の家にランチを食べに行く。夏至の日のランチはその家と決まっているのだそうだ。着くと、そこには、仲の良い友達や親戚が30人以上集まっていた。飛び入りの我が家は、家族四人とさらに日本から来ていたお客さんを含めて五人。
「こんなに大勢でおじゃましてすみません」と女主人に言うと
「今年は、外国に住んでいる親戚が二組戻って来られなかったので、あなたたちが来てくれなかったら、たった28人しか集まらなくて、さびしくなるところだったわ」
……たった?28人??……

 夏至祭のごちそうは、例のごとくじゃがいもとシル(にしん)。しかし、この時期は、新じゃがいもと新にしんの時期。そして、デザートはいちごと定番である。
 のみものは、やはりジャガイモで作った焼酎シュナプス。自家製のブレンドをしてあったりして、たのしい。そして、例のごとく歌っては「スコール(乾杯)」を、繰り返す。
 今回のメンバーは我が家が若手になるぐらい平均年齢が高かったのだが、ウプサラ大でコーラスをやっていた人たちが多く、歌のレベルもすごく高かった。

 合計六人のこどもたちには、大人とは別の部屋にテーブルを用意してあった。
「わたしも、子供の頃は、ずっとこの部屋でこうやって夏至祭のごちそうを食べたの。今は、ようやっと大人の部屋で食べることが許可されたから、お行儀よくしてなくっちゃいけないんだ」と茶目っ気たっぷりにカイサがニヤリとした。

 その100年を超す古い歴史のある家で、代々、子供たちは、その部屋で、夏至祭のご馳走を食べ、次は、その子供たちが、夏至祭の料理を作りもてなす側にまわる。そして、その時には、さらにその子供たちが、その同じ部屋で、何十年か前の自分と同じように食事をするのだ。
 そうやって、変わらない年月をおくることの重みと価値が、カイサのその言葉の中に凝縮されていて、わたしは、すごく感動した。

 ああ、彼らは、相も変わらないじゃがいもとシルのメニューを、変わらないからこそ愛しているんだ。何十年もまったく同じものを繰り返すクリスマスのディズニー番組も、変わらないからこそ愛しているんだ。
 そうしたことをちょっと馬鹿にしていたわたし。めまぐるしく変化して行く日本で、変わらないことの価値を忘れていた。
 その時、スウェーデン人に対するなぞがひとつ解けたような気がした。

 その後カイサは、玄関ポーチに腰をかけて、子供たちのために夏至冠を作り始めた。子供たちが自分で集めてきた野の花をまとめながら丸く仕上げて行く。じっと、手元をみつめながら、できあがりを待つこどもたち。
 その光景も、何十年、何百年の間、夏至祭イブの日に、繰り返されてきたのだろう。
 カイサの作った野の花の冠は、わたしが数日前ルンドの花屋で教わりながら作った薔薇やアイビーを使った冠より、ずっと素敵で輝いて見えた。

 それから、男性たちは家に帰って木を切り倒して十字に組み、白樺の葉で飾った。ミッドサマーポールのできあがり。女性と子供たちは、歩いて帰りながら、こんどはミッドサマーポールを飾る野の花を山ほど摘んだのだ。

 夕方、カイサの実家にふたたび集まってきた親戚の人たちと一緒に、ミッドサマーポールの周りで、例のごとく伝統の「カエル踊り」などを踊り、そして、ふたたび、じゃがいもとニシンを食べた。

 ところで、大のおとなたちも楽しそうに踊っていたミッドサマーのダンス。「席を外していた日本からの来客のためにもう一回踊って」とカイサが頼んでくれたのだが、
「ええっ、あの馬鹿げたダンスをまた踊るのォ」と非難ごうごうで、結局踊ってもらえなかった。
 ふ〜ん。やっぱり、伝統を守るために、スウェーデン人も無理してるんだ。



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