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1999/10/29                   9号


喜怒哀楽

ただいまのテーマ

ここは、インド

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 スウェーデンにきて、そろそろ一年、スウェーデン語も話せるようになったSさんから、こんなメールが届いた。
『私もそろそろ修了後のことを考えようと思って学校やら役所に問い合わせを始めたのですが、これもあまりすんなりとは進みません。同じ学校の職員が人によって全然違うことを言ったり、中には同一人物が日によって違うことを言ったりするのです。おそらく同じような体験をPecoさんも他の方もしているだろうと思います。 私はタイや韓国にいた時は何があっても驚かず「何であなたは怒らないのか」と呆れられたりしましたが、スウェーデンに関しては「きちんとした国」という先入観があったせいかかなりぐったり来てしまいました。これではいけないと思い、「ここはインドだと思うことにする」と宣言して「日々是決戦」モードでことにあたることにしました。インドだと思えば腹が立たない、というのは全く(瑞印両国に対して)差別的だと自分でも思うのですがこれは効果的です。』
 Sさんが言うには、インド人は、昨日いったこと今日言ったことがまったく逆でも、それを困ったこととか恥ずかしいこととか思わないのだそうだ。たとえ、それについて責められても、「昨日のことは忘れた」などと平気で言うらしい。これは、悪口というよりも、むしろカルチャーの違いととってほしい。

 実は、私も先日、似たような目に。
 子供たちが学校に行っている間暇にしているのも芸がないと、近くの大學の英語のコースを申込みに行った。インターネットで検索したら、スウェーデンのカルチャーを学ぶクラスがあったからだ。

カルチャーの窓口のおばさん
「それならまず、グニーラのところへ行け。そして、申し込みをしてこい」
もちろん、私はグニーラを知らない。でも、スウェーデン人は、相手をファーストネームだけで呼ぶ。日本なら、こんなとき、たとえば「学生課」に行ってくださいというように、所属で答えるところである。そして、スウェーデン人は、自分の知っているグニーラは、相手も知っていると思いこんでいるように会話する。
 教えてもらった建物とグニーラという合言葉だけを頼りに、たどりつくと「午前中は電話タイム。電話は○○○番。営業時間は、1:30から3:00」
と言う張り紙。

 午後は、娘の迎えがあるので、近くの公衆電話から電話。ずっとお話中で、ようやくつながったら、これが、知る人ぞ知るスウェーデン式。
「混み合っているので、そのまま待て」
というテープの声。待ちましたよ。仕方ない。待たないと、また、お話中に引っかかるだけだから。25分。
ようやっとつながって話したら
「それなら、○○番にかけろ」
だって、張り紙にはそこの番号が書いてあったのに。と、言っても無駄なのは知っているので、あきらめて切る。
 掛けなおす。当然!お話中。あきらめて、翌日午後、お迎えの時間を遅らせてもらって、例の窓口のあいている時間に行くことにした。

グニーラに会う。
「じゃ、一般の学生のように申込書を書いて持ってきて」
「それだけでいいんですね」
「証明書ある」
「大学の卒業証明書」
「じゃ、それだけ」

 申込書はもちろんスウェーデン語。誰かの助けが要る。でも、もういちど出なおすのは、大仕事しかも締めきりは3日後。
勇気を出して、喫茶店に入り、親切そうな人の隣に座る。様子をうかがうこと10分。恐る恐る切り出す。
「手伝ってくださいますか」
ラッキー親切なカップル。申込書を仕上げて卒業証明書と共にグニーラのもとへ。

「これで良いと思うんだけど」
「これじゃ、英語の能力の証明にならないから、トエフルとかなにか証明できるものない?」
「トエックならあるけど」
「じゃ、それも持ってきて」
「他に何か必要なものは」一応念を押しておかないと恐い。
「今思いつく限りではそれだけだね」

 翌日3日連続、大学へ。
「これじゃ、ビジネス英語だから、留学のためには、トエフルでなきゃ」
「でもそれじゃ、締め切りまでに間に合わない」
「そうだね。でもそれは、12月初めまでに用意してくれればいいから」
じゃ、何が締めきりなんだと思いつつさらに一言、言ってみる。
「じゃ、来週からのカルチャーのコースは取れないっていうわけね」
「来週からのコースをとりたいの。それなら、カルロスに会いなさい」
もちろん、カルロスがだれか、私はしらない。

教わった建物とカルロスと言う名前だけを頼りに行く。
出会った人に
「カルロスに会いたいんだけど」
「2階だよ」
「カルロスに会いたいんだけど」
「奥の部屋だよ」
「カルロスにあいたいんだけど」
ついに本人。でも、見知らぬ誰とも分らぬ(所属も何も知らない)人をファーストネームで知り合いかのように訪ね歩くのは、すごく不安。

で、カルロスと話をしたら、カルロスはカルチャーの最初のおばさんに電話して・・・その場で、次週から受講することが承認されたのでありました。

じゃ、今までの私の努力はいったいなんだったの???

で、未だにわたしは、グニーラやカルロスが何者か知らないのであります。

 その話を、夫と検討し合い、つまりスウェーデンというのはこう言う国なのではないかという仮説をたてた。
まず、徹底した個人主義で、ほかの人の仕事には、一切タッチしない。そして、その職にいる人に権限も与える。基本はルールだが、状況に応じては、応対が変わる余地がある。そうすると、判断する権限を持っている人が、情状酌量した対応ができる。
 つまり、日本だとルールがあるために、そのくらい常識で考えたらやってやればいいじゃないなどということが、できないことがある。そのあたりを、個人の裁量に任せている部分がある。ただし、日本でそれをやると、私利私欲に動くが、スウェーデンでは、そういうことがないと信頼して当たらせているし、信頼に足るように勤めているようだ。
 そう考えると、日本より成熟した社会だともいえそうだ。しかし、そのために、窓口の人によって、言うことが違ったり、あたりはずれみたいなものができてしまう。
 アメリカ人のMはアメリカでは誰が言ってもできることはできる、できないことはできないってはっきりしているのに、この国は、日によって、人によって違うと怒っていたが怒る理由もわかる。

 でもね、先週、病院の予約を忘れて、230クローネの罰金の請求書を受け取った私は、金曜日に月曜日の予約を変えてもらう電話を病院にいれた。代表から、小児科にまわしてもらうと、これが、また、例のスウェーデン式。話中。もしくは、待てというテープ。
3時間、挑戦しつづけて、とうとう交換のお姉さんになきついた。
「いくらよんでもらっても、テープの声ばかりなんです。」
「え、小児科、閉まっているわよ」
なら、機械的に回さないで、一言言って欲しいという言葉は飲み込んで
「え、じゃ、どうやって、予約を変更すればいいの」
「月曜日にかけなおして」
 さすがに、プツンときれましたね。そして、語気荒くまくしたてた。
「だって、24時間前までに予約の変更をしないと230クローネもはらわされるんだよ。この間は、それを払ったんだ。今日はずっと電話をかけつづけてつながらず、月曜では、おそすぎるとなったら、一体、私はどうやって予約の変更をすればいいの」
 剣幕におされたお姉さんは、
「しばらくお待ちください」
といった。そして、数秒後、・・・電話は……黙って切られてしまった。個人の采配で…たぶん…

「わたしも、ここは、インドと思おう」
心の中で宣言したのでありました。




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